PSYCHOLOGY & BRAIN SCIENCE 03

日本人の二つの気質型

孤高武士型と集団農耕型という二つの傾向を比較します。


 

 世の中を見ていると実に様々な人がいますが、それでも性格的な事でみると、大きく二種類に分けられるような気がします。ひとつが日本人が理想の人物として掲げ、「サムライ」と呼ばれるようなよくできた人物です。これは歴史上の人物ではよく見かけますが、現在社会ではほとんど見かけません。それが失われた30年、日本の衰退とも結びついているのですが。それ以外のほとんどの日本人は、集団主義と呼ばれたような、仲良く横並びの生活をしている人々です。
 この前者のタイプを『孤高武士型』後者の大半の日本人を『集団農耕型』と呼ぶことにします。武士とか農業などと言っていますが、それはあくまでもイメージを借りただけで、実際の人々とは全く関係が無いことは言うまでもありません。

孤高武士型

 

 4コマ漫画をご覧ください。山中鹿之助は夜空の三日月を見ながら「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったと言われています。有力な戦国大名であった尼子家に仕えていた鹿之助は、尼子が滅んだ後も、お家再興を信じて戦いを続けていました。信長からも家来になるよう誘いをうけましたが、受けませんでした。結局毛利との戦いで敗れて、その生涯を終えます。戦国武将の生き方は、次々と主君を変えてでも生き延びることだという話があります。しかし、そんな事はどうでも良いことなのです。彼は、二君に仕えないという自らの強い信念を貫き、それに殉じた生き様を通したということです。それこそが、孤高武士型の一つの有り様だと言いたいのです。
 右の4コマ漫画も同様ですね。自分の好きな発明をやることが生きている証であり、大金持ちになったらやめるなどと言うことは、武士型の人物は考えないのです。



孤高武士型(孤高自律型)の気質・性格傾向、思考形態、行動様式

 日本人の精神構造の基底に出来た独特の感性の上に、孤高武士型(孤高自律型)と呼ぶ気質、性格傾向、嫌悪感情、美意識や価値観などが形成されていきました。孤高武士型とは、その名の通り孤独な個人主義的な思考回路をさします。自己完結型の高い理想と、集団に流されない確立された個を持つ人物です。

 山中鹿之助だけではありません。昔は、孤高武士型気質の人物がたくさんいたように思えます。謙信を輩出した上杉家は、関ヶ原の戦いに敗れて120万石から30万石に厳封されて、越後から米沢へと移されました。そのとき、藩は浪人を出さず、家臣団をすべて連れて行ったのです。とうぜん、武士たちの収入は1/4に激減しました。今は多くの経営者が、いとも簡単にリストラを年中行事のように行います。この差もまた、気質の違いが関係しているのでしょう。
 また名君として今も名前が残る上杉鷹山ですが、まさに孤高武士型の典型ともいえる人物でしょう。うち続く自然災害で餓死者も多くでて、藩は疲弊し借金は収入の4倍とも言われました。その藩を立て直すために、彼は自ら範を示しました。質素倹約を進める中、木綿の服を着て、一汁一菜の食事をし、自分付の奥女中を1/5以下にしたのです。どこかの自動車メーカーの経営者たちは、二万人もの首切りをおこないながら、自分たちの何億円もの給与はそのまま確保したのです。おまけにこの企業の外来崇拝は、見ていても気分が悪くなあるほどです。ここには性格が違うからでは、かたづけられないものを感じます。これは後述の「集団農耕型が国を滅ぼす」話につながります。
 鷹山の改革も一度は失敗します。それでも諦めず、藩の収入をふやすには領民の収入を増やすことだとの信念のもとに政策を実行し、ついに歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げたのです。自らを律しながら、強い精神力と行動力で社会全体のために奉仕する、これこそが孤高武士型人間のなせるわざなのです。

集団農耕型(集団依存型)の気質・性格傾向、思考形態、行動様式

 

 農耕民族として、その集団農耕生活の中で日本人の精神性が育まれたとする説は多く、間違いではないでしょうが、それですべてを説明することには無理があります。むしろ、今の日本人のあまり好ましくない特徴が、集団農耕型で育まれてしまったようにおもえるのです。集団農耕型気質は、集団主義的、保守的、没個性、集団依存、事なかれ主義、長いものには巻かれろ、権威主義など負の特徴として目立つことが多いですね。あまりに多いのでここでは取り上げません。

 古くは源義経、赤穂浪士、会津の白虎隊など、武士の理想、悲劇の主人公としての彼らの生き方に、多くの日本人は心打たれ、その悲劇性に涙します。しかし、だからといって彼らと同じ行動をとることのできる日本人はほとんどいないでしょう。それは時代性の問題ではありません。感性の共鳴はあっても、その実行レベルでの行動様式は、どこまでも集団農耕型になってしまう。それが現在のほとんどの日本人なのです。

両気質・性格の比較



 性格の成熟度において調和のとれた人格が獲得できないと、人格不全の種々の問題が引き起こされることになります。躾と子供の教育を軽視すれば、その付けはやがて社会に回ってくるのです。