1.権力は、失ったあとまで続くのか
政治家が権力を持つと、なぜ傲慢になるのでしょうか。
これまでのページでは、権力によって自己効力感や支配感覚が強まり、他者の意見を受け入れにくくなり、自己正当化が進んでいく過程を考えてきました。
しかし、ここで一つの疑問が残ります。
問題が発覚し、周囲から激しく批判され、ついには辞職に追い込まれた政治家の、その後はどうなるのでしょうか。
権力を失えば、傲慢さも消えるのでしょうか。それとも、一度身についた「権力者の思考」は残り続けるのでしょうか。
さらにその先には、辞職した政治家が再び立候補し、ときには再当選するという問題があります。ここまで考えると、政治家の自己制御だけでなく、有権者の自己制御まで視野に入れる必要があります。
権力は、失われても循環の中で再び与えられる
政治家個人だけでなく、周囲と有権者を含めて見ると、問題の構造が見えてきます。
実線は権力と政治的立場の循環。点線は「自己修正」が途中に入る可能性を示しています。辞職そのものが変化を保証するわけではありません。
2.なぜ、問題が発覚しても辞めないのか
普通に考えれば、問題が発覚する → 自分の責任を認める → 辞職する、という流れになりそうです。しかし現実には、そう簡単ではありません。
「事実と違う」「誤解されている」「そんな意図はなかった」「仕事のために必要だった」「辞めるほどのことではない」など、さまざまな説明が始まります。もちろん、本当に事実関係が違う場合もあります。
心理学的に興味深いのは、自分の地位が脅かされたとき、人間の自己防衛が強く働くことです。
政治家の地位には、社会的地位、権限、注目、人脈、情報、自己効力感、「自分が社会を動かしている」という感覚などが結びついています。したがって辞職は、単なる職の喪失ではなく、場合によっては「自分は何者なのか」という自己イメージそのものが揺さぶられる出来事になります。
3.権力を持っている時と、攻撃されている時
権力を持っているとき、人間関係の力の方向は「自分 → 周囲」になりやすくなります。自分が判断し、指示し、評価し、人事を決める。
ところが問題が発覚すると、それが「周囲 → 自分」へと逆転します。
権力の側
判断する、指示する、評価する。自分が状況を動かしているという感覚が強くなります。
追及される側
議会、職員、市民、報道、支援者などから、自分の行動を評価される側になります。
心理的な逆転
「自分が世界を評価する」状態から、「世界から自分が評価される」状態へ変わります。
それまで「自分がコントロールしている」と感じていた世界が、突然、自分を評価する世界に変わる。これは大きな心理的変化です。
4.「反省」より先に「防御」が出る
人間には、自分の行動を反省する能力がある一方、自分自身を守ろうとする能力もあります。そのため、強烈な批判を受けたとき、必ずしも最初に反省が起こるとは限りません。
「自分は悪くない」→「相手にも問題がある」→「周囲が騒ぎすぎている」→「自分は市民のために仕事をしてきた」
このように自己正当化が強化されると、外部からの批判が強くなるほど、「自分を守らなければならない」という心理が強くなることがあります。
5.権力を失えば「権力者の思考」は消えるのか
ここで誤解してはいけません。権力を持ったからといって、脳が永久に壊れるわけではありません。人間の脳には可塑性があり、環境が変われば考え方や行動パターンも変化する可能性があります。
しかし、権力によって身についた「認知の癖」は、権力を失っただけでは簡単には消えない可能性があります。
長いあいだ「自分が決める」「自分の判断が正しい」「周囲は自分に従う」「自分が一番事情を知っている」という環境にいた人が、翌日から完全に普通の感覚に戻るとは限りません。
残る可能性があるのは権力そのものではなく、権力を持っていたときの思考習慣です。
元画像にSVGオーバーレイを重ね、前頭前野付近を示しています。ここでいう「権力者の思考」は、特定の脳部位が壊れるという意味ではなく、経験や環境によって形成される認知・行動パターンとして考えます。
6.反省には「深さ」がある
「反省した」と言っても、同じ意味ではありません。
- 第一段階――敗北:「追い詰められたから辞める」
- 第二段階――後悔:「こんなことになってしまった」
- 第三段階――反省:「自分にも問題があった」
- 第四段階――自己理解:「なぜ自分は、あのような行動をしたのだろう」
- 第五段階――自己修正:「次に同じ状況になったら、違う行動をする」
最後まで進んで初めて、反省が将来の行動につながります。
7.最も重要なのは「自分を見る自分」
ここには、これまで考えてきた自己修正能力が関係します。
「私は部下に反論されると、すぐに腹を立てる」→「なぜ腹が立つのだろう?」→「自分の権威を否定されたように感じるからだ」→「権威を否定されることと、相手の意見が間違っていることは、本当に同じなのか?」
このように、自分の反応を一段上から観察できると、自己修正が可能になります。これは政治家だけに必要な能力ではありませんが、大きな権力を持つ人ほど重要になる能力でしょう。
8.再立候補は「再出発」なのか、それとも「再現」なのか
辞職した政治家の中には、再び選挙に立候補する人がいます。一度は大きな批判を受け、辞職した。それなのに「もう一度、政治をやりたい」と考える。
これは必ずしも悪いことではありません。人間には再出発する権利があります。一度失敗した人が反省して再び社会に貢献することもあります。
問題は、「その人が本当に変わったのか」です。
変化が見えにくい場合
「私は悪くない。周囲に潰された」という認識のまま、再び権力を求める。
反省が見える場合
「自分の行動には問題があった。なぜそうなったのかを考えた」と説明できる。
自己修正まで進んだ場合
「同じことを繰り返さないために、こういう仕組みを作る」と具体的に行動を変える。
したがって有権者が見るべきなのは、謝ったかどうかだけではありません。「自分の失敗をどう理解しているか」です。
9.それでも再当選してしまうのはなぜか
ここからは政治家だけではなく、有権者側の心理が関係します。
- 知名度
- 過去の実績
- 所属政党
- 地域との人間関係
- 支援者からの情報
- 対立候補への反感
- 「この人しかいない」という思い込み
- 過去の印象
さらに、一度支持した政治家について「自分は間違った人を支持した」と認めることには心理的抵抗があります。
政治家の自己正当化だけでなく、有権者の自己正当化まで起こる可能性がある。
「あの政治家を支持した」→「問題が発覚した」→「でも、あの人にも良いところはある」→「他の候補者よりはましだ」→「やっぱりこの人でいい」。人間は、自分が過去に行った選択を簡単には否定したくないからです。
10.政治家の心理 × 組織 × 有権者の心理
ここまで考えると、政治の問題は「悪い政治家 → 悪い政治」だけでは説明できません。
政治家の心理 × 周囲の組織 × 有権者の心理
政治家が傲慢になる。周囲が忖度する。本人がさらに「自分は正しい」と思う。問題が発生する。周囲から批判される。本人が自己防衛する。辞職する。再立候補する。有権者が過去の問題を十分に検証しない。再当選する。再び権力を持つ。そして以前のパターンが再現する。
この循環が成立してしまえば、同じ問題が繰り返されます。
11.必要なのは「政治家の自己制御」だけではない
これまで考えてきたのは、政治家自身が自分を制御できるかという問題でした。しかし、ここまで来ると、もう一つ必要になります。
有権者自身の自己制御
怒りだけで投票しない。人気だけで投票しない。知名度だけで投票しない。「昔から知っているから」だけで投票しない。
逆に、「一度失敗したから、永遠に許さない」という判断もしない。
過去の行動を冷静に評価し、現在の本人が本当に変化しているのかを見る。それが有権者側の自己制御です。
12.失敗した政治家を、すべて排除すればよいのか
それも必ずしも正しくありません。人間は失敗します。政治家も人間です。
重要なのは、失敗したことそのものより、失敗から何を学んだのかでしょう。
「自分は権力を持つと他人の意見を聞かなくなる」と認識し、「だから今度は異論を聞く仕組みを作る」と行動を変えるなら、以前とは違う政治家になっている可能性があります。
反対に、「自分は悪くない」という認識のまま再び権力を求めるのであれば、再発の危険性を慎重に考える必要があります。
13.最後に判断するのは、有権者である
政治家は選挙によって権力を与えられます。つまり、権力者を作っているのは、最終的には有権者です。
政治家が傲慢になる。その政治家を周囲が止められない。そして問題が発生する。それでも有権者が「まあ、この人でいいか」と再び権力を与える。
そうなれば、政治家本人だけを責めても問題は解決しません。民主主義では、有権者の判断そのものが政治を作っているからです。
有権者が見るべき三つの問い
- その人は過去の失敗を、責任転嫁せず説明できているか。
- なぜ問題が起きたのか、自分自身を分析できているか。
- 次に同じ権力を持ったとき、何を具体的に変えるのか。
14.権力を持った脳は、元に戻れるのか
最初の問いに戻りましょう。
戻れる可能性はあります。しかし、「辞職したから戻る」のではありません。
重要なのは、
- 自分はなぜ傲慢になったのか
- なぜ周囲の意見を聞けなくなったのか
- なぜ問題を認められなかったのか
- なぜ権力を失うことを恐れたのか
- 次に同じ立場になったら、どうするのか
という自己観察ができるかどうか。そして、それを行動に変えられるかどうかです。
権力そのものが残るのではなく、権力を持っていたときの思考習慣が残る可能性がある。だからこそ、自己観察と自己修正が重要になります。
15.「権力は人を変える」のではなく
もしかすると、より正確な表現は、
「権力は、人間の中にあるものを増幅する」
なのかもしれません。
自己効力感が強い人は、さらに強くなる。支配欲が強い人は、さらに強くなる。他人の評価を気にする人は、地位を失うことをさらに恐れる。
そして自己修正能力の高い人は、「自分は間違っているかもしれない」という感覚を持ち続けることができます。
だから、権力そのものよりも重要なのは、権力を持った自分を、自分自身が監視できるかどうかなのかもしれません。
結び――政治家と有権者、二つの自己制御
権力を持った人間が傲慢になる。問題が起こる。それでも辞めない。追い詰められて、ようやく辞職する。
ここまでは、政治家本人の問題に見えます。
しかし、その後に再立候補し、再び当選するとなれば、問題は政治家一人のものではなくなります。
そこには、政治家の自己制御と、有権者の自己制御という二つの問題があります。
人間は、権力によって変わることがあります。しかし、人間には変わった自分を見つめ直し、修正する能力もあります。
だから「一度権力を持った人間は、もう元には戻れない」と決めつける必要はありません。ただし、「辞職したから、もう大丈夫」とも言えません。
本当に見るべきなのは、その人が自分の過去をどう理解し、そこから何を学び、次に同じ権力を持ったときに何を変えるのか。
そして、その判断をするのは、私たち有権者自身です。