BRAIN SCIENCE

記憶はなぜ書き換わるのか

――思い出すたびに、記憶は少し作り直される

私たちは、記憶を「脳の中に保存された映像」のように考えがちです。 昔の出来事は、そのまま保存され、必要なときに再生される――。 しかし実際の記憶は、そんなに固定されたものではありません。

記憶は、思い出すたびに再構成されます。 そのとき、現在の感情、知識、思い込み、あとから聞いた情報などが混ざり、 元の記憶が少し変化することがあります。

記憶は「録画」ではない

録画のような記憶

出来事がそのまま保存され、思い出すときには同じ内容が正確に再生される。

実際の人間の記憶

出来事の断片を保存し、思い出すときにそれらを組み合わせて「それらしい過去」を再構成する。

だから私たちは、出来事の大筋は覚えていても、 誰がどの言葉を言ったか、何色の服を着ていたか、 どちらから歩いてきたか、といった細部を間違えることがあります。

記憶はこうして作られ、思い出される

👀 体験 見る・聞く・感じる
🧠 記銘 出来事を記憶として取り込む
📦 保持 時間をかけて安定する
💭 想起 必要な断片を呼び出す
✍️ 再固定 思い出した内容が再び記憶になる

とくに重要なのが最後の部分です。 一度安定した記憶でも、思い出したときには一時的に変化しやすい状態になり、 その後、再び安定します。 この過程は再固定化と呼ばれます。

脳のどこが関わるのか

記憶に関わる脳の領域を示した脳地図
海馬
出来事や場所などの記憶をまとめ、新しいエピソード記憶を形成するうえで重要です。
扁桃体
怖さ、驚き、強い感情などと記憶を結びつける働きがあります。
前頭前野
思い出す手がかりを探し、記憶の内容を評価したり整理したりする働きに関わります。

記憶は一か所に保存されているわけではありません。 視覚、音、感情、言葉など、さまざまな情報が脳内の複数領域に分散しており、 思い出すときにそれらが再び組み合わされます。

思い出すたびに、何が混ざるのか

現在の感情

今つらいと、昔の出来事も暗く思い出しやすい。気分は記憶の再構成に影響します。

あとから得た情報

他人の話、写真、ニュース、家族の説明などが、元の記憶に入り込むことがあります。

自分の解釈

「あの人は怒っていたはずだ」など、現在の理解が過去の場面に付け加わることがあります。

同じ思い出でも、語り方で変わる

次のボタンを押してみてください。 同じ「雨の日の帰り道」でも、思い出すときの視点によって記憶の印象が変わります。

同じ出来事

学生時代、雨の日にひとりで駅まで歩いた。 商店街は静かで、濡れた道路に街灯が映っていた。

「雨が降っていて、静かな帰り道だった。」

実際には、記憶が毎回このように大きく変わるわけではありません。 しかし、思い出すときの状況や感情によって、 どの部分が強調されるかは変化します。

偽記憶はなぜ生まれるのか

偽記憶とは、 実際には起きていない出来事を「起きた」と思い出したり、 実際の出来事を違う形で記憶したりする現象です。

人は、出来事の断片だけを覚えている場合、 その間を知識や予想で補います。 しかも、その補った部分を自分では「推測」と感じず、 本物の記憶のように感じることがあります。

たとえば事故の目撃者に、 「車が激しく衝突したとき……」と強い言葉で質問するか、 「車が接触したとき……」と穏やかな言葉で質問するかによって、 後の記憶や速度の推定が変わることがあります。

記憶が変わることは、欠陥なのか

記憶が書き換わるというと、 「人間の記憶は信用できない」と感じるかもしれません。 しかし、再構成できることには利点もあります。

過去の経験を現在の状況に合わせて解釈し直し、 新しい知識と結びつけることで、 私たちは同じ失敗を避けたり、 過去の意味を変えたりできます。

記憶は、過去を保存する倉庫であると同時に、未来の行動を作る材料でもあります。

思い出とは「保存された過去」ではない

私たちは過去を、そのまま取り出して見ているわけではありません。
断片を集め、現在の自分の中で、もう一度組み立てています。

だから記憶は、ときに間違います。
しかし同時に、だからこそ過去の経験を新しい意味へ変えることもできます。

記憶とは、保存された過去ではなく、現在の脳が再び作る過去なのです。